レポート 『吾野宿の歴史ロマンを訊ねるまち歩き』

なんだか、秋を吹っ飛ばして冬になった感じですね(。-_-。)

この季節の変わり目で、管理人は見事なまでに現在進行形で体調不良。

皆さん、体調管理に気を付けて下さいね。

…まぁ、というワケで今回は実に他力本願な記事となります。

(*´д`*)

 

11月10日に実施した『吾野宿の歴史ロマンを訊ねるまち歩き』につきまして、浅野正敏 さんからレポートを頂きましたので、そちらを掲載します( ´ ▽ ` )ノ

 

※本文まま記載させて頂いておりますので、建築関連の専門用語が多数ございます。あらかじめご了承下さい。そんでもってググって下さいw


「歴史のみち景観モデル地区 景観まち歩き」が埼玉県田園都市づくり課、飯能市建築課、及び吾野宿再生と吾野を語る会の主催、(一社)埼玉県建築士事務所協会・景観整備機構の協力の下で行われました。

埼玉県内に指定された景観モデル地区は、①鴻巣宿(鴻巣市)②蕨宿(蕨市)③妻沼地区(熊谷市)④深谷宿(深谷市)⑤吾野宿(飯能市)の5カ所で、10月より全各所でまち歩きが実施されました。

平成25年11月10日(日)には「吾野宿の歴史ロマンを訊ねるまち歩き」が行われましたのでレポートします。

 

午前9時半、西武池袋線吾野駅広場に集合。開催の主旨などの挨拶の後、早速、吾野の歴史を秘める法光寺の説明を行いました。源平合戦一の谷の勇士、岡部六弥太忠澄の菩提寺であることから歴史ロマンが広がって行きます。当日は、法光寺において晋山式が執り行なわれていたため、遠目からの拝見となりました。

 

吾野宿のメインストリートに入ると、明治期に建った出桁造り(軒を深く出すために考えられた工法)の民家の町並みが見られます。

吾野宿の通りから、山側への小径へと散策を進めると、りっぱな薬医門と日本庭園のある洗心苑(大野家)にたどり着きます。この薬医門は、なんと江戸時代のものという。200年近くの時間を耐え抜いて建っていることに驚かされます。

出桁造りの民家

洗心苑(大野家)


 

再び、吾野宿へと戻り、擬洋風建築で特徴的な外観を持つ石田家を見学。外からだけの見学でしたが、アーチ型の欄間や上げ下げ窓など、詳しいガイドの説明に参加者皆さんがうなずいていました。

吾野宿で、なんと言っても存在感がある建物は独楽の館(大河原家)です。街道沿いから眺めると、ケヤキ1枚板の門戸と太い格子でデザインされた長屋門造りが際立っています。

石田家

独楽の館(大河原家)


 

独楽の館(大河原家)の中庭に入ると、正面には式台のある玄関があり、入母屋造りの屋根が威厳を醸し出しています。

長屋門の2階の座敷に上がり、当主である大河原氏にこの家の歴史をお聞きしました。屋号を「問屋」と呼んでいます。絹や木材など流通産物の取り纏め扱い所として、川越や所沢など街道要所に指定されていた場所を「問屋」と呼び、吾野宿では大河原家がその役割を果たしていました。

独楽の館(大河原家)の中庭

2階の座敷


森林文化都市

- Hanno -


飯能市観光協会

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